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東京地方裁判所 昭和33年(ワ)2735号 判決

原告 三和計測器株式会社

被告 宍戸幸栄

主文

被告は原告に対し金六万七千九百円及びこれに対する昭和三十三年二月六日より支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告の負担とする。

この判決は、原告が金二万円の担保を供託するときは仮に執行することができる。

事実

原告訴訟代理人は主文同旨の判決並に仮執行の宣言を求め、その請求原因として

一、原告は昭和三十一年二月二十七日訴外金子正一を原告会社の営業担当者として雇傭するにあたり、被告は原告に対し、同訴外人が右勤務に関して不法行為をなし、原告に損害を蒙らせたときは、これが賠償責任を負担する旨の身元保証をした。

二、ところが同訴外人は原告会社に勤務中、昭和三十一年十一月頃原告に無断で訴外ミナミ無線電機株式会社(以下ミナミ無線と略称する。)から原告名義で十四吋テレビ二台を買受け、これを訴外春原芳夫に自己名義で売渡し、春原よりこれが代金を受取り着服したところで原告はその後ミナミ無線から右テレビ代金十一万七千九百円の請求を受けやむなく昭和三十二年二月五日ミナミ無線に対して右代金を支払つたが、金子は原告に対し昭和三十三年七月九日金二万四千円、同年八月三十日金二万六千円を支払つたにとどまり、その余を支払わない。

三、よつて原告は被告に対し、前記身元保証契約に基き、残金六万七千九百円の支払を求める。

と述べ立証として甲第一号証乃至第三号証を提出し、原告代表者山上泰一の本人尋問を求めた。

被告は本件口頭弁論期日に出頭しないので、答弁書に基き、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、答弁として「原告の請求原因事実中被告が原告に対し、金子正一の身元保証をしたことは認めるか、その余はいずれも不知。すなわち金子にはミナミ無線から原告名義でテレビを購入する権限がないから、仮に原告名義でこれを購入したとしても、これは金子のミナミ無線に対する欺罔行為であるに過ぎず、原告がその責任を負う必要はない。したがつて原告が金子のためにミナミ無線に対してテレビ代金を支払つたとしても、それは原告と金子との雇傭関係以外の事項であつて、身元保証人としての被告の関知するところではない。」と述べたものと見做す。

理由

原告が昭和三十一年二月二十七日訴外金子正一を営業担当者として雇傭するにあたり、被告が原告に対し同訴外人の身元保証をしたことは当事者間に争がない。

先づ公文書であつて真正に成立したと認むべき甲第三号証、原告代表者本人尋問の結果及びこれにより真正に成立したと認める甲第二号証を綜合すると、訴外金子正一は原告会社に勤務するうち昭和三十一年中に原告に無断でミナミ無線から原告名義で十四吋テレビ二台を買受け、これを自己名義で訴外春原芳夫に売渡し、春原より代金を受取り着服したこと、ところが原告はミナミ無線から右テレビ代金の請求を受けたため、やむなく昭和三十二年二月五日ミナミ無線に対し右代金十一万七千九百円を支払つたこと、金子は原告に対し昭和三十三年七月九日金二万四千円、同年八月三十日金二万六千円合計金五万円を支払つたにとどまること、を夫夫認めることができる。

そこで原告のミナミ無線に対する右弁済が、被用者の行為による使用者の損害として被告の身元保証責任が及ぶかどうかについて判断する。先づ使用者が被用者の債務不履行乃至不法行為につき責任を負うべき場合を考えてみると、その行為が無権代理行為ではあるが使用者との特別な関係から表見代理としてその責任を負うもの(民法第百九条、第百十条、第百十二条、商法第四十二条、第二百六十二条等)とその行為が使用者の事業の執行につきなされた不法行為としてその責任を負うもの(民法第七百十五条)との両者が考えられる。(被用者の行為が使用者の代理行為と認められるときは、その行為の効力が直接使用者に及び、使用者は自己の行為につき責任を負うこととなるから異なる。)ところで身元保証責任の範囲は保証契約の内容如何によつて定まるが、特段の事由がない限り、保証人の責任は被用者の行為によつて使用者が蒙つた損害のすべてに及ぶものではなく、前記のように被用者の職務行為乃至職務に関連ある行為につき使用者が責任を負うべきものとして出捐した損害に限られると解すべきである。したがつて被用者が使用者名義でなした職務に何等関連のない行為につき使用者が自ら責任をとり、被用者のために弁済する事例が屡々みうけるけれども、それは使用者が取引上の信用を保持するための行為たるに過ぎず、使用者に法律上の責任があるわけではないから、それをもつて被用者の行為により使用者が蒙つた損害として身元保証人の責任を問うことはできない。もつとも本件にあつては、原告代表者本人尋問の結果により真正に成立したと認める甲第一号証(保証書)中に、「金子が原告に対して不都合があれば被告が全責任を負う」旨の文言があり、右文言の趣旨は金子の行為により原告が蒙つたすべての損害につき被告が責任を負うものである、との原告代表者本人の供述部分が存するけれども、使用者たる原告の不必要な出捐による損害にまで保証人が責任を負うことを約したものとは到底考えられないから措信しない。

したがつて本件身元保証契約にあつても、金子の職務行為乃至職務に関連ある行為により原告が自ら責を負うべくして出捐した損害に限り、保証人に責任が及ぶと認めるのが相当である。而して原告代表者本人尋問の結果によると、原告とミナミ無線とは、原告のもとで製造するテスター(ラジオ、テレビの故障を発見する試験機)をミナミ無線で販売してもらう取引関係があつたこと、金子は当時、原告の営業担当者であつたこと、原告はミナミ無線からテレビを購入することがあり、金子は営業担当者として原告名義でテレビ購入の権限をも有していたと考えられること、を認めることができ、これらの事実に既に認定した事実を併せ考えると、原告は金子の職務に関連ある行為による使用者の責任として、金子のために前記テレビ代金を弁済したこととなり、金六万七千九万円の損害を蒙つたということができる。

すると被告は金子の身元保証人として、原告に対し右損害を賠償する義務があるというべきであつて、原告の請求は理由があるのでこれを認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条、仮執行の宣言につき同法第百九十六条を各適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 斎藤次郎)

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